137 x 36 センチ (全体) 19.5 x 17 センチ (本紙)
軸先:骨
※全体サイズは表具の端から端のサイズです。軸先部分は含みません。
※商品・軸先の状態につきまして下記【重要なおしらせ】項目をご一読お願いいたします。 紙本(印刷ではなく、描かれている作品です。) 極札(大倉汲水)
【翠巌宗珉】1608-1664 江戸時代前期の僧。 慶長13年生まれ。臨済宗。江月宗玩の甥で,その法をつぐ。明暦3年京都大徳寺住持。肥前平戸(長崎県)の春江庵などをひらく。寛文4年7月23日死去。57歳。和泉(大阪府)出身。俗姓は半井。諡号は法雲大仰禅師。別号に似玉,栖蘆子。
【大倉汲水】1763-1825 鑑古筆家。姓は管原、字は実福、幼名政吉、俗称大倉治兵衛初め了恵後に汲水と号した。尚古昔斎の別号がある。京都の人鑑古家で光琳風の画をよくした大倉是誰の男、西掘川綾小路南に住し父の業を継ぎ鑑古を業としかたわら光琳風の画を描がいた。天明七年落飾して了恵と号し、文化十四年聖護院に盈仁親王から汲水の号を腸わり尓来汲水と称した。尚また一条准后忠良公から古昔斎の号を付興されている。文政八年二月廿九日没、年六十三。没後嘉永四年二月廿五回忌に際し聖護院雄仁法親王から法橋位を贈られた。(文化十 古筆 文政五 古筆)
************************************** 【夢窓疎石】1275-1351 南北朝時代の臨済宗の僧。伊勢の人。別名を木訥叟。一山一寧・高峰顕日に師事。後醍醐天皇・足利尊氏らの篤信を受け、京都嵯峨に天竜寺を開山。天竜寺船による貿易を促し、また造園芸術を発展させた。門派は夢窓派といい、五山文学の最盛期をつくった。著「夢中問答」「臨川寺家訓」「西山夜話」「夢窓国師語録」など。正覚国師。心宗国師。普済国師。夢窓国師。
************************************** ※付属品につきまして 商品は画像に写っている物が全てになります。 木箱、タトウ箱などの有無につきましても画像をご覧いただき御判断お願いいたします。
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