最後に書かれている鳥居丹波守忠利は、
鳥居 忠瞭
(とりい ただあきら)は、
江戸時代
中期の
大名
。
下野
壬生藩
の第2代
藩主
。壬生藩鳥居家6代。
別名
忠利
戒名
大徹院殿徳岩浄証大居士
天和
元年(
1681年
)、
信濃
高遠藩
主・
鳥居忠則
の五男として生まれる。
下野
壬生藩
初代藩主である兄・
忠英
の実子がことごとく早世したため、
宝永
元年(
1704年
)5月18日に兄の養子となり、同年5月28日には
江戸幕府
第5代
将軍
・
徳川綱吉
に拝謁して、同年12月19日に
叙任
される。
正徳
6年(
1716年
)に兄が死去すると、その跡を継いで下野壬生藩第2代藩主となった。
享保
20年(
1735年
)4月27日、壬生で死去、享年55。
跡を長男の
忠意
が継いだ。
最初に書かれている人は
鳥居 元忠
(とりい もとただ)は、
戦国時代
から
安土桃山時代
にかけての
武将
。
徳川氏
の家臣。
下総
矢作藩
(
千葉県
香取市
矢作)の藩祖。
死没
慶長
5年
8月1日
戒名
嘉岳宗慶龍見院
清流院殿淵室長源大居士
出典:ウィキペディア
多くの方にご覧になって戴き貴重な資料がご研究のお役に立てればそして、故郷に帰る事ができれば大変嬉しいです。
サイズは39.8×14.3㎝です。
写真にあるスケールは全長17㎝です。
状態は経年によるシミヤケがあります。
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