*** 商品詳細 ***

         奥村敏子=故奥村五百子長女.大川長蔵氏宛手紙

☆・①・奥村敏子=故:奥村五百子長女
      大川長蔵氏・宛手紙・秋田県北秋田郡・七座村
      七座村小学校校長
      文面『・・・・海軍中将.小笠原長生・・・・』・約60行有り
      手紙の状態・約:18X124cm目立つ汚れ傷み無し
     封筒2枚付き・経年の汚れ傷み有り

☆・奥村 五百子(おくむら いおこ、弘化2年(1845年~1907年)
    幕末・明治期の社会運動家。愛国婦人会の創設者。
   肥前国唐津出身[1]。父は真宗大谷派釜山海高徳寺の住職・奥村了寛で、
  父の影響を受けて尊王攘夷運動に参加、1862年には男装の姿で長州藩への密使を務めたこともあった。
   同じ宗派の福成寺の住職・大友法忍に嫁ぐが死別、続いて水戸藩出身の志士の鯉淵彦五郎と再婚するが離婚する
   (征韓論を巡る意見対立が理由とされる)。
    離婚後、唐津開港に奔走する傍ら朝鮮半島に渡って・1896年・光州にて実業学校を創設、
   半島への浄土真宗布教のために渡った兄・奥村円心を助けた。
   北清事変後の現地視察をきっかけに女性による兵士慰問と救護や、遺族支援が必要と考え、
   1901年に近衛篤麿・【小笠原長生】や華族婦人らの支援を受けて愛国婦人会を創設する。
   以後、会のために日本全国で講演活動を行い、日露戦争時には病身を押して献金運動への
  女性の参加を呼びかけ、戦地慰問に努めた・・・・・・・・。
☆・映画『奥村五百子』(おくむらいおこ)は、1940年に公開された豊田四郎監督の日本映画。
 明治時代に愛国婦人会を創設し、「女傑」と讃えられた奥村五百子の半生を描いた作品で、
 杉村春子が奥村五百子を演じた。


☆・②・『京城鮮人幼稚園設立趣意書』
     大正五年・サイズ:33X24cm
     目立つ汚れ傷み無し、折り跡有り
     文面一部のみ抜粋
   『今回不肖ガ朝鮮京城ニ鮮人感化ノ基礎タル幼稚園ヲ設立セント発意決心シタル由来ハ
   遠ク祖先奥村浄信ガ朝鮮開教ニ献身シタル志ヲ大成シ近クハ伯父圓心及ビ亡母五百子ガ・・・・・・』


☆・追加出品・2022.7.20
☆・③・【奥村五百子】映画広告:二枚
     1940年・サイズ:26X38cm
     目立つ汚れ傷み無し、折り跡有り+汚れ傷み破れ有り補修済み
   映画雑誌・中綴じ広告・切り抜き・折り跡有り。裏側二枚印刷有り
   

   【徳風幼稚園】の人々。右から3人目が奥村五百子、その左に娘の奥村敏子。
   他の4人は朝鮮の人々と思われる。


☆・詳細は画像にてご確認下さい。
   ・中古品の状態評価には個人差がございますので
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◎・篠路:S50378.2022.1.29