【商品について】
・箱なし ・紙本 ・大幅
・本紙サイズ たて 135cm × よこ 65.2cm
・全体サイズ たて 207cm × よこ 77cm
【商品状態について】
・本紙 シミ、オレ
・表装 小シミ、オレ
【秋月新太郎】
(あきづき しんたろう、1841年9月13日(天保12年7月28日)
〔1913年(大正2年)5月10日-大正2年5月14日〕)は明治時代の日本の官僚、漢詩人。
女子高等師範学校長、貴族院議員を務めた。号は天放・必山・霜谷など。
豊後国佐伯藩(現在の大分県佐伯市)の藩儒秋月橘門の長男として生まれ、咸宜園で学んだ。
1871年(明治4年)、兵部省(のち陸軍省)に出仕し、兵部大録に進んだ。
西南戦争の際には征討軍団書記官として従軍し、さらに陸軍省総務局報告課長、参謀本部編纂課長、太政官少書記官、参事院議官、太政官権大書記官を歴任した。その後内務省で参事官、図書局長、大臣秘書官を歴任した。
1894年(明治27年)、女子高等師範学校校長に就任して1897年(明治30年)まで務め、文部省参事官も兼ねた。
1899年(明治32年)、貴族院議員に勅選され、死去するまでその職にあった。
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