出羽上山藩主の土岐伊予守頼隆(のち頼殷)が阿部豊後守ら老中3名に宛てた書状。
老中3名は、阿部豊後守正武、戸田山城守忠政、土屋相模守政直と見られる。
将軍や阿部らの息災を祝い、御目付に任命されたことなどを話題にしている。
【翻刻】
 追而御用多中
 被得思召被仰下段、
 永仕合奉存候、以上、
尊書拝見仕候、
公方様益御機嫌能
御座被成、御膳等御
快被 召上候旨、誠以恐悦
奉存候、次各様御堅達
被成御出仕、愈御健御座候、
当地聊別条無御座候、
然ハ火之元等入念可申付旨
奉畏候、将又先頃御目付被
命、永見甲斐守参府之
節申上候通、被聞召届
被仰下、被入御念御義
(以下、下段)
奉存候、猶奉期後
喜之時候、恐惶謹言、
  土岐伊予守
十月十一日 頼隆(花押)
阿部豊後守様
戸田山城守様
土屋相模守様
 参尊答

【土岐頼殷(頼隆)】とき・よりたか
寛永18年生まれ(1641)。土岐頼行の次男。延宝6年(1678)、病弱な兄・土岐頼長にかわって出羽上山藩主・土岐家2代。奏者番、大坂城代。正徳2年(1712)駿河田中藩主・土岐家初代となった。3万5000石。享保7年(1722)9月22日死去。82歳。初名は頼隆。