文庫です。 多少のヤケがあります。

「いやなんです/あなたのいつてしまふのが――/花よりさきに実のなるやうな/種子よりさきに芽の出るやうな……」(「人に」)。
明治の末年、グロキシニアの鉢植をもってアトリエを訪れた智恵子嬢を〝人類の泉〟と讃えた恋愛時代から、〝東京に空が無い〟と語り合った幸福な結婚生活を経て、夫人の発病、そして昭和十三年十月の永別。しかも死後なお募る思いを〝智恵子の裸形を残して、わたくしは天然の素中に帰ろう〟と歌い、昭和三十一年四月の雪の夜に逝った詩人の、全生涯を貫く稀有な愛の詩集である。
巻頭に智恵子制作の切抜絵を付す。解説(「悲しみは光と化す」):草野心平。

本書「解説」より
智恵子さんのゼームス坂病院での生活は三年八ヶ月だったが、、その間の高村さんの内部の苦しみは大変だったろうと思われる。
それは何年の何月頃だったか、その年月ははっきりしないが、或る日の夕方近く、私の勤めていたT新聞社に高村さんから電話がかかってきた。
「是非会いたいんだけど、都合のいいところ、銀座のどこでも……」(略)
私は息がつまるような気持ちになった。高村さんは私の手をギクッと握ると、いきなり
「ね、君、僕はどうすればいいの、智恵子が死んだらどうすればいいの?僕は生きられない。智恵子が死んだら僕はとても生きてゆけない。……」
――草野心平(詩人)