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2013年 158P 部数は少なそうです。資料用にもいかがでしょうか。
ごあいさつ このたび、山口県立美術館と神奈川県立近代美術館におきまして 「生誕100年 松田正平展」を開催いたします。 山口県宇部市で幼少期を過ごし、第二次世界大戦前夜のパリで研 鑽を積んだ松田正平(1913-2004年)は、戦争の勃発によって志半 ばの帰国を余儀なくされた後、神奈川、山口、 東京、千葉と移り住み ながら作品を描き続けました。 戦争を体験し、またヨーロッパで本格的 な油絵に触れた同世代の洋画家たちの多くがそうであったように、扱 いづらくも比類なき美しさと堅牢さをもつ油絵の具を日本人の洋画家と して、いかに自家薬籠中のものとするかが戦後の松田正平の出発点 であり、また生涯をとおして追求した課題でした。 神経質な線描とぶ厚 い絵の具の塊が圧倒的な存在感を示す戦後から1960年代頃までの 作品は、絵の具と格闘する画家の姿を想起させます。 しかし、素材を力 でねじ伏せようとするかのような、鋭く厳しい表現はやがて落ち着きを 見せ始め、1970年代には薄い絵の具が幾重にも重ねられた繊細な 絵画へと移行していきます。 美術評論家の洲之内徹や随筆家の白洲正子など、 一部の具眼の士 たちは早くから松田正平の芸術を高く評価していました。 しかし、 一般 の美術愛好家のあいだでも松田正平の知名度は決して高くはなく、そ の存在が広く世に知られるようになった時、 画家はすでに還暦を過ぎ ていました。 1984年、71歳で第16回日本芸術大賞を受賞した松田 正平は、 その後も粛々と制作を続け、2004年に故郷の宇部で91年 の生涯を閉じました。
このたびの展覧会は松田正平の生誕100年を記念して、 初期から最 晩年までの油彩画101点を一堂に会するものです。 山口県立美術館 では四半世紀ぶりの、 また神奈川県立近代美術館では関東圏で初め ての大規模回顧展となる本展覧会は、 時代ごとの代表作をとおして 松田正平の画業を回顧するとともに、 戦後洋画史に独自の位置を占 める松田正平の芸術に深く触れていただく絶好の機会です。 飄々とし たなかにも厳しさをのぞかせる人柄そのままの、 おおらかでほのぼのとし また詩情豊かな松田正平の世界を心ゆくまでご堪能ください。 おわりに、貴重な作品をご出品くださいました美術館、所蔵家の方々 に深く感謝の意を表するとともに、本展覧会開催にあたり、ご協力、ご 協賛、 ご後援を賜りました関係者の皆様に、心より御礼申し上げます。 2013年4月
松田正平 まつだ-しょうへい 1913-2004 昭和-平成時代の洋画家。 大正2年1月16日生まれ。昭和12年渡仏。16年国画会展に初入選,26年会員となる。59年日本芸術大賞。簡潔素朴なフォルムと明快な色彩を特色とし,独自の詩境を展開した。平成16年5月15日死去。91歳。山口県出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。作品に「地図」「或るゑかき」,「周防灘」シリーズなど。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus
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もちろん読む分には問題ありません。307202S |