







山下久四郎氏(明治34年三重県生れ)は、沖縄県・鹿児島県糖業課の嘱託時代(大正・昭和初期)に沖縄県の糖業関係資料、奄美大島糖業資料、糖業以外の沖縄関係資料を収集し、戦後の沖縄返還後にその膨大な収集資料を沖縄県立図書館に寄贈(「山下久四郎文庫」)したことで知られる人で、昭和50年前後の時期は日本砂糖日報社社長など務めていました。
戦前戦後を通じて喜多流の謡を熱心に習っていた山下氏の謡相伝免状8通と、彼が古書として蒐集した江戸中期頃成立の能楽太鼓伝書1冊です。
①「喜多流謡相伝の免状」 昭和5~48年 8通
いずれも「山下久四郎殿」宛て
それぞれ折紙(22×59㎝)を三つ折りにして懸紙
・昭和5年9月 山下久四郎殿宛て
喜多六平太より「廿番謡」相伝免状
・昭和10年1月 山下久四郎殿宛て
喜多六平太より「勧進帳」相伝免状
・昭和10年6月 山下久四郎殿宛て
喜多六平太より「九番謡」相伝免状
・昭和11年9月 山下久四郎殿宛て
喜多六平太より「景清謡」相伝免状
・昭和12年5月 山下久四郎殿宛て
喜多六平太より「隅田川謡」相伝免状
・昭和13年4月 山下久四郎殿宛て
喜多六平太より「定家謡」相伝免状
・昭和16年11月 山下久四郎殿宛て
喜多六平太より「木賊謡」相伝免状
・昭和48年10月 粟谷新太郎取立 山下久四郎殿宛て
十五世喜多実より「翁謡」相伝免状
②「謡曲太鼓手附 下」 天明6年写 1冊
近代替表紙の小本(205×130㎜)墨付99丁
小口題に「太鼓頭附」束に「二之内 大熊」の識語
巻末に「天明六丙午年四月改之 大熊」の書写識語
巻頭に「砂糖文庫」印
本冊は第二巻にあたり、四番目物と切能(合計60曲)の頭附を収録。
墨で詞章を書き出して、その脇に朱で手組名や●印を記し、要所にはシテ方流儀特有の演出や打ち方の留意点を書き留めた朱注が入っています。
曲目によっては、上掛りと下掛りの附をいずれも記載しています。
江戸初期に廃曲となり昭和六十二年に復曲試演された「生贄」の附もみられることから、本書の原本はこの演目がまだかろうじて舞台にかかっていた年代に編集されたものかと思われます。
収録内容は次のとおり。
三笑/邯鄲(玉の御輿に乗の道…)・同奥(夜昼となきたのしみの…)・同下カヽリ(実此上や有へきいつ迄そ…)・同奥下カヽリ(五十年の栄花もつきて…)/唐舩/三輪/龍田・同奥/雨月/融/當麻/海士/蟻通/愛染川/国栖/檀風/舎利/谷行・同下カヽリ/小鍛冶・同奥/生贄/春日龍神下カヽリ・同奥上カヽリ・同奥下カヽリ・同奥/絃上(**詞章変更の貼紙数葉あり)/張良・同奥/大會/是界・同奥/鞍馬天狗(さらばといひて…)・同奥(さこそあらしの山桜…)・同奥(霞とたな引雲となつて…)・同奥(姿も心もあら天狗を…)/葛城天狗/車僧/舟弁慶/項羽/鐘馗/雷電・同奥/熊坂(ねられん物か秋風の…)・同奥(爰やかしこと尋る処に…)・同断アイ謡 替り(草のかりねの…)/舟橋/錦木/女郎花/阿漕/藤戸/天鼓/鵜飼/松山鏡/照君/殺生石/現在鵺/鵺/山姥/野守・同奥/紅葉狩・同奥/大江山/羅生門/土蜘/一角仙人・同奥/飛雲/安達原/葵上/鉄輪/鶴竜田/巻絹・同奥/常陸帯/百萬/濱川/藤栄/禅師曾我