ライナーノーツ要約
著者:ペーター・ニクラス・ヴィルソン
(英訳:J・ブラッドフォード・ロビンソン)
マティアス・シュパーリンガーは、芸術的な質を保ちながら、音楽が政治や社会とどのように関わりうるかを問い続けた作曲家である。政治から逃れて純粋な構造だけを追求する態度にも、政治的効果を求めるあまり音楽を単純な宣伝へ変えてしまう態度にも距離を置く。彼の作品を結ぶのは一定の「個人様式」ではなく、知覚、言語、社会に潜む秩序や階層を音によって意識化し、その限界を示そうとする姿勢である。
《128の満たされた瞬間》
声、クラリネット、チェロのための作品で、長さ、音高、音色、変化の方向などを体系的に組み合わせた128の短い音響単位から成る。
- 各単位は共通の構想から生まれながら、独立した「瞬間」として存在する。
- 演奏者は楽譜を任意に選び、順序や反復を決めることができる。
- 全体の秩序は明確に設計されているが、実際の進行は予測できない。
そのため聴き手は、秩序の存在を感じながらも、作品全体のどこにいるのかを正確には把握できない。シュパーリンガーは、構造を放棄せず、同時に構造を絶対的なものでもなくすという逆説的な試みを行っている。個々の響きは構造の一部であるとともに、それ自体で自立した現象となる。
《感情の大洋全体から一つの波を取り出し、それを静止させる》
三つの合唱群と8チャンネルの録音再生を用い、世界的な飢餓と、それがテレビや新聞を通じて日常的な情報へ変えられていく状況を扱う。
作品には、飢餓の原因を論じた文章や報道資料が用いられる。しかし作曲者は、悲惨な題材を感情的な音楽で表現することが、かえって大げさなキッチュに陥る危険を強く意識していた。そのため、芸術的な音響と、ニュース、群衆、泣き声などの非芸術的な素材を並置し、表現の困難そのものを示そうとする。
合唱群はロビーとホールの間を移動し、生の声、録音された声、テレビやラジオを思わせる音が重ねられる。美的に閉じた「純粋音楽」の空間へ、現実の騒音が突然侵入し、メディアが現実を伝えると同時に変質させる過程が浮かび上がる。終盤では歌手が聴衆の肩に手を置き、芸術的表現だけでは届かない、直接的な人間同士の接触を試みる。
《インター=メッツォ》
ピアノとオーケストラの関係を、協奏、合意、対立、コミュニケーションの問題として捉え直した作品である。副題の「協奏されえない協奏曲」は、華麗な独奏者がオーケストラを支配する伝統的協奏曲への期待を否定するとともに、「合意する」という語源的意味を含んでいる。
ピアノ、管楽器、打楽器、弦楽器、個々の奏者の間には、多様な二者関係が作られる。ピアノも特殊な道具で演奏され、ティンパニや弦、ハープ、エレクトリック・ギターなどと音色や身振りを交換する。独奏者は最初から英雄的に登場せず、オーケストラの響きから徐々に姿を現し、最後には再び集団へ溶け込む。
作品は、むしろ「ピアノを伴うオーケストラ協奏曲」と呼ぶべき構造を持つ。終結では独奏ピアノが沈黙し、クラリネットが次の協奏曲へ続くかのように残される。ピアノ独奏者の優位さえ、一時的な「間奏」にすぎなかったことが示されるのである。
※本稿は、CD付属ライナーノーツを出品者が読み、その内容と作品理解のポイントを独自に要約したものです。