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こちらは、近江売薬株式会社「高級 樺色目薬」の古い薬缶です。

古い目薬というと小さなガラス瓶を思い浮かべる方が多いと思いますが、本品は非常に珍しい金属製の丸缶タイプ。

鮮やかな橙色を地に、緑色で大きく「樺色目薬」と記され、左右には植物文様、上部には二頭の馬と「近」の商標が描かれています。

小さな薬容器でありながら、戦前の売薬らしい意匠がぎゅっと詰まった、とても魅力的な一品です。

蓋には、

「高級」
「樺色目薬」
「めぐすり」
「高貴薬」
「本舗 近江賣藥株式會社」

と確認できます。

特に目を惹くのが、上部に描かれた二頭の馬です。

これは甲賀の製薬会社で広く用いられた、いわゆる「馬印」の系統です。

甲賀市くすり学習館の資料にも、近江売薬株式会社の「救命丸」や風邪薬「ヘブリン」の包装紙が残されており、そこにも二頭の馬を描いた馬印が確認されています。当時「甲賀の馬印」として広く知られていた商標でした。

そして、近江売薬の歴史を遡っていくと、甲賀という土地ならではの非常に興味深い背景へつながります。

甲賀は古くから薬草や調薬の知識が蓄積された土地であり、戦国期の甲賀の忍びと薬との関係もよく知られています。

甲賀の忍びは薬草や薬についての知識を持ち、薬売りの姿で各地を巡ったとも伝えられています。甲賀市も、忍術から派生したとされる製薬技術が後の「甲賀の薬売り」につながったと紹介しています。

戦乱の時代に培われた薬の知識は、時代を経て配置売薬へと受け継がれていきました。

近代になると甲賀の売薬業は本格的に発展し、明治24年(1891年)の近江製剤株式会社を皮切りに、売薬神農会、近江売薬株式会社などが設立。明治末には製剤業者51戸、売薬営業者110戸、行商人400余名を数え、大正期にはさらに盛んになったとされています。

本品の近江売薬株式会社も、そうした「くすりのまち甲賀」を形成した会社のひとつです。

また、売薬用の金属容器については、大正頃まで曲物・ブリキ缶・ガラス瓶などが使用され、大正中頃になるとブリキ製薬容器の生産が本格化したことが記録されています。

本品について発売年を直接示す資料は現在のところ確認できませんが、会社表記、印刷意匠、容器の作りなどから、大正期から昭和初期頃の戦前品と考えられます。

表面には経年によるスレや錆、裏面には金色塗装の剥離などがあります。

一方で、肝心の表面意匠はしっかり残っており、「樺色目薬」の文字、左右の植物、二頭の馬印まで十分に確認できます。

100年近い年月を経た可能性のある薄い金属製薬容器として考えれば、よく今日まで残ったものだと思います。
紙箱や薬袋などとは異なり、使用後に捨てられやすい小さな薬缶です。

しかも、

近江売薬株式会社
甲賀の馬印
戦前の目薬
珍しい缶入り容器

という要素が揃った資料性の高い一品です。

単なる古い薬缶としてだけでなく、甲賀の配置売薬、近代薬業、そしてさらにその奥にある甲賀と薬の歴史まで感じられる品だと思います。

同じものを探そうとしても、次にいつ出会えるのか分からない品です。現時点では本品の流通例を確認することができませんでした。

古物を愛する方に、後世に大切に受け継いでいただけましたら幸いです。


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