





■商品詳細
【書名】 水戸藩彰考館総裁/酒泉竹軒自筆 東海道物語 完
【巻冊】 小本一册
【著者】 酒泉竹軒
【成立】 元禄・寶永頃
★ 巻頭に「酒泉」朱印。
★ 品川から京、大坂を経て備中岡山成羽迄の宿場とその本陣屋敷の主人の名前を記し、宿場の地理や印象や茶屋や名物などについて記している。酒泉竹軒が懐中した旅日記と考えられる。
★ 酒泉 竹軒(さかいずみ ちくけん、承応3年 - 享保3年5月25日)は、江戸時代の儒学者。筑前国福岡出身。水戸藩彰考館総裁。酒泉氏始祖。『大日本史』編纂者の一人。書道、篆刻、中国語にも通じた。
★ 水戸藩出仕
元禄2年(1689年)今井元昌が水戸藩に出仕したのに続き、元禄4年(1691年)9月15日佐々宗淳の推薦で水戸藩彰考館右筆となり、『大日本史』編纂に加わり、六国史を講読した。元禄8年(1695年)12月26日大番組に入った。
★ 元禄9年(1696年)9月5日から11月5日まで西山荘で徳川光圀に近侍し、『洪武正韻』研究を命じられ、『洪武聚分韻』編纂に着手した。
★ 元禄11年(1698年)1月25日水戸彰考館設置に伴い水戸に赴任し、元禄12年(1699年)7月28日総裁となった。元禄13年(1700年)12月1日小納戸役。同月光圀が死去し、元禄14年(1701年)『義公行実』編纂に関わった。元禄15年(1702年)11月通称を彦左衛門から彦大夫に改めた。
★ 宝永4年(1707年)2月28日江戸彰考館総裁となり、宝永5年(1708年)1月11日小姓頭を兼ねた。宝永7年(1710年)9月徳川綱吉死去を受けて常憲院霊廟の銅灯を手配した。正徳元年(1711年)朝鮮通信使の応接に関わった。正徳5年(1715年)『大日本史』本紀・列伝が完成すると、志類と本紀・列伝続編(北朝分)の編纂を建白したが、打越樸斎・神代鶴洞・藤田東湖等の反対に遭った。