武重桃堂(1773-1853)は、小県郡大門村の児玉胤常の二男として生まれ、30歳の時に長久保宿の名主・武重信賢の養子となり武重氏を継いだ。幼いころから画を好み、はじめ秦燕恪に師事し、24歳の時に江戸に出て、父の習った狩野休円に師事した。書や短歌もよくし、地方文化人として名が知られた。
武重桃堂(1773-1853)たけしげ・とうどう
安永2年小県郡大門村生まれ。児玉胤堂の二男。名は常毅。長久保新町の武重信資の養子となって正毅と称した。幼名は和吉、のちに左内といい、号は休眠、桃斎、桃堂と変えた。はじめ同郷の秦燕恪に学び、のちに江戸に出て狩野休円に学んだ。書や短歌もよくした。短歌ははじめ清水浜臣、のちに本居大平につき、松岡内平、宮坂常由、小林松蔭、小林学朝らと交友した。嘉永6年、80歳で死去した。出典:UAG美術家研究所HOME

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サイズは15.8×25.8×0.2㎝です。
写真にあるスケールは全長17㎝です。
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