



■時宗状絵抄[時宗状・曽我状]天保2年・伊勢屋板 往来物
【判型】大本1冊。縦261粍。
【作者】不明。
【年代等】天保2年3月刊。[仙台]伊勢屋半右衛門(裳華房)板。
【備考】分類「往来物」。『時宗状絵抄[時宗状・曽我状]』は、「時宗状」と「曽我状」から成る古状単編型往来。「時宗状」は、源頼朝から曽我五郎時宗に宛てた書状、また「曽我状」は、梶原平三景時から曽我太郎に宛てた書状を装った古状で、建久4年5月28日、深夜、富士の御狩場において、曽我五郎十郎兄弟が、父の仇工藤祐経を討った事件に取材したもの。流布本『曽我物語』では、捕らえた五郎時宗を頼朝が実地に尋問、その筋を通した見事な抗弁に感じ、時宗を「天下に隠れなき剛の者」と呼ぶ形で、五郎の名を通して母に曽我の庄の安堵を伝えることとなる。本状はその安堵状である。『真名本曽我物語』では、五郎の処刑後、母に安堵状が伝えられることになっており、若干構成に違いがある。少なくとも元禄・宝永頃までの書籍目録には、本状の単行版の存在は確認できず、江戸中期頃の成立であろう。底本は本文を6行・付訓で記す。一方、「曽我状」は、曽我十郎五郎兄弟が富士野の御狩場において工藤祐経らを討ったことをめぐる建久4年5月晦日付け梶原景時書状と、同6月5日付け曽我太郎書状の往復書簡を装った往来。室町初期頃に成立した『富士野往来』から取材したものと思われる。
★原装・題簽欠・状態概ね良好。稀書(全国に所蔵数カ所(国文学研究資料館DB))。【参考価格(初出品時の相場です):日本の古本屋で、18,700円】。