中井英夫が亡くなって30年ちかく経った今となっては、年配の文学ファンならまだしも、若い人たちの多くは、中井のことを知らないかもしれない。知らなくて当然である。と言うのも、中井英夫の著作の多くは、文庫化されたものも含めて、その大半が今や絶版になっており、手に入りにくい状況がしばらく続いているからである。中井英夫の代表作といえば、本格ミステリの巨編にして、夢野久作の『ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』と並んで「三大奇書」と世に称される、『虚無への供物』があまりにも名高い。
生前、中井英夫という作家は、「ミステリ作家」というより、「幻想文学作家」として知られた人であり、その代表作である「とらんぷ譚」連作(『幻想博物館』『悪夢の骨牌』『人外境通信』『真珠母の匣』)を読まずして、中井英夫は語り得ない。仮にそれらを読んだ上で、中井英夫を評価できなくなっても、それはかまわない。それはそれで、その読者の評価であり、結局は「住む世界が違っていた=見えている世界が違っていた」ということがハッキリするだけだからだ。
トランプのスートに擬せられた、この四つの作品集は、『幻想博物館』と『人外境通信』が純粋な短編集であり、『悪夢の骨牌』と『真珠母の匣』は「連作長編」という凝った構成を採っている。だから、そのあたりでも、好みの違いも出てこようし、書かれた時期も違うから、おのずと味わいにも違いがある。簡単に言えば、最初の方の作品ほど、稠密で独立性の高い作品が多く、後期の作品は緩やかな幻想性の中に読者を包摂するような作品になっている。