| 商品説明 |
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昭和36年 非売品 637P 部数は少なそうです。資料用にもいかがでしょうか。
2序 前田米蔵君の他界後、わが国の政治は著しく様相に変化を来たしました。殊に政党のありさまには慨嘆にたえぬものがあることは万人の認めるところであり、?に故人ありなばという感じが切実 に出て参るのであります。 故人は、犬養内閣の商工大臣に就任して以来、数度にわたって内閣に列しましたが、その数回の 大臣時代に秘書官をつとめられた諸君の間に、故人の伝記を刊行しよう、という議がまとまり、 田米蔵伝記刊行会が出来、不肖私が右刊行会会長にえらばれました。 爾来、 世話人の諸氏は熱心にこの仕事を進められ、伝記本文の執筆を朝日新聞社客員有竹修二君 に依嘱しました。本伝刊行は予定の期日より若干遅れ、この程漸く上梓の運びとなりました。 私と前田君との関係は、私の実兄窪田四郎が和歌山中学出身で、和歌山県人会に籍をおき、夙に 下村宏氏および故人と親交があったので、この兄を通じて、相識るにいたり、その永眠まで三十有 余年に及び終始変らぬ交りを続けました。
前田米蔵 (まえだよねぞう) 生没年:1882-1954(明治15-昭和29) 政治家。和歌山県に生まれる。1902年東京法学院(現,中央大学)を卒業し弁護士となる。17年総選挙で東京より当選して政界に入り,以後当選10回。立憲政友会に属し,同党幹事長をへて田中義一内閣法制局長官,犬養毅内閣商工大臣,広田弘毅内閣鉄道大臣,平沼騏一郎内閣鉄道大臣,小磯国昭内閣運輸通信大臣を歴任。37年2月総裁代行委員の一人となり,次期総裁に中島知久平を推して鳩山一郎と抗争,分裂後は政友会中島派に属した。この間,近衛新党運動にも荷担,新体制運動にも積極的となり,以後,大政翼賛会議会局長,翼賛政治体制協議会委員,翼賛政治会総務会長などを歴任,戦時議会運営の中心に位置した。第2次大戦後は公職追放されたが,追放解除後,52年の衆議院議員の総選挙では当選している。 執筆者:古屋 哲夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」 探しの方、お好きな 方いかがでしょうか。。
中古品ですので傷・黄ばみ・破れ・折れ等経年の汚れはあります。表紙小傷、小汚れ。背表紙やや変色。ページややシミ。ご理解の上、ご購入ください。 もちろん読む分には問題ありません。71151S
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