☆『松本十郎』
近習頭取戸田文之助の長子として鶴岡新屋敷に生まれた。幼名重松、長じて総十郎、諱は直温。
後に松本十郎と改めた。松農夫・一樽居士・蝦夷骨董・腕力農夫などを号とする。12歳のとき田宮流居合を修練、
17歳から藩校致道館に学んだ。文久3年父に従って蝦夷地西海岸に警衛士として浜益・苫前等にに赴任する。
慶応3年帰郷、同年藩が江戸市中取締の任に当たり赴任、合い間に昌平黌に通う。慶応4年戊辰戦争が始まると
機事係として各藩に使いし、新庄攻撃には二番大隊に属して参戦。庄内藩降伏後松本十郎と名を変える。
その後東京に赴き黒田清隆ら新政府の首脳と交友を深めて藩の戦後工作に奔走する。
明治2年黒田清隆の推挙で北海道開拓使判官、同6年には大判官となって、初期の開拓行政に力を尽くし、
原住民の信用を得て「アツシ判官」の異名をとる。明治7年黒田は開拓長官となったが、松本はアイヌの擁護について
意見が対立、同9年官を辞して鶴岡に帰り、晴耕雨読の生活に入った。
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