越前国大野郡石徹白(現・岐阜県郡上市白鳥町)の白山中居神社の関連史料7点を軸装したもの。
7点のうち4点は、石徹白社家の上杉氏に宛てた書簡。

①白山中居神社の縁起を述べた文書。
文字を推敲した跡があるため、原本の草稿と思われる。
内容文を「国立国会図書館デジタルコレクション」で検索してもヒットしないため、原本は未発見とみられる。

②冒頭に「第一号写」とある。
文書2点の写しのほか、「白山神社ノ御事歴」など神社の縁起を記す。
【文書2点の概要】
・天正18年(1590)12月、豊臣家の代官、伊藤加賀守秀盛の文書の写し。
秀吉の代理として、関白様(秀吉)・大政所様(秀吉の母)・若君様(秀吉の子、鶴松)の武運長久・安全息災の祈祷を、白山中居神社に依頼したもの。
秀吉の年齢を54歳と記しており、秀吉の生年=1536年説の根拠史料として知られている。
※福井県文書館がこの文書と同内容の写本を所蔵している。

・貞享4年(1687)10月、松田又兵衛の文書の写し。
松田又兵衛貞直は越前国大野郡の幕府代官所につとめる代官のひとり。

③冒頭に「第二ノ写」とある。
【概要】
・霊亀2年(716)、養老元年(717)など、古代の出来事を記す。
・元暦2年(1185)と弘安7年(1284)の文書写しを収録。
・元亀2年(1571)6月、織田信長から御納物があった。
・明和3年、青綺門院(桜町天皇の女御、二条舎子)から御納物があった。
・文徳天皇時代の仁寿3年(853)に従三位、享保18年(1733)に正一位の神位を得た。

④大正9年(1920)8月24日、上杉新左衛門に宛てた、文書の借用依頼状2枚。
内務省から、神社由緒書に記載するために文書調査の命令があったため、神社関係文書の借用を依頼したもの。
石徹白村の村長・上村三蔵、白山中居神社の社掌・石徹白藤之助、氏子総代の久保田松太郎が署名捺印している。

⑤大正9年(1920)9月、上杉新左衛門に宛てた、古文状預り証1枚。
天文22年(1553)、永禄元年(1558)、元禄16年(1703)の文書など計5点を預かったこと、調査が完了すれば速やかに返却することを述べている。
上記④と同様に、上村三蔵、石徹白藤之助、久保田松太郎が署名捺印している。

⑥大正12年(1923)の謝状1枚。
古文書所有者の上杉新左衛門に対して感謝を伝え、借用していた古文書4通を返却すること、古文書を大切に保存してほしいことを述べている。

⑦昭和10年(1935)7月21日、宮司・石徹白藤之助が上杉氏に宛てた原稿用紙5枚。
白山中居神社と周辺寺社、白山中居神社に現存する上杉系図などの史料について述べている。