




■物嗅之状并童部教訓之状[童部教訓状]明和9年 往来物
【判型】特大本1冊。縦285粍。
【作者】太閤秀吉作(仮託)。
【年代等】明和9年3月書。
【備考】分類「往来物」。『物嗅之状并童部教訓状[童部教訓之状]』は、越後国魚沼郡妻有(ツマリ)郷二子村で使用された手習本。「物嗅状」と「童部教訓状」を収録し、5行・無訓で記す。このうち「物嗅状」は刊本(嘉永5年)よりも80年早く、本往来が江戸中期にかなり流布していたことを物語る。底本は「抑、其境見苦鋪事、荒々語而為聞可申。短気之人振、朝狂、朝碁、朝鞠、朝尺八、野山狗狩、河瀬之利、博奕、双六、身之廃。物嗅者之為癖、悪口之一言而、長座敷…」と起筆して、京都における物臭者の様子を書き綴り、末尾を「…左右(惣)而、無力而何之用ニ茂不立、愚妄物也。物嗅之状、仍而如件」と結ぶ。本書は元禄10年以前に成立しているが、元禄10年本を転写した寛政5年写本にも、末尾で「是、太閤様御作也」と締め括ることが多いが、底本にはその記載がない。また、「童部教訓状」は、江戸中期刊『童子状[童部状]』とほぼ同内容で、武田信玄(底本は「貝(甲斐)信言(信玄)」と記す)から鶴千代丸に宛てた一通の書状形式によって、童蒙の心得を説いた往来物。底本は「夫、例式可嗜事、先、立居居働、朝早天ニ驚目、柳枝仕、口之内を浄事、第一也。若時々此儀者、息気嗅可醜脣…」と起筆し、朝起きてからの身仕舞や、父母・師匠の心を忖度すべきこと、幼時よりの学問の心掛けや朋友を選ぶべきこと、騒動を起こし衣装を汚したり身体を傷つけることは不孝の至りであること、さらに、壮盛後は師について「文学・言語、進退・行住之事」を怠らず学ぶべきことなどを説き、全編を通じ、善友との交際と学問出精を強調する。
★原装・状態並み(本文は概ね良好)。稀書(全国に所蔵数カ所(国文学研究資料館DB))。